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奥耶馬渓

印刷用ページを表示する掲載日:2019年4月19日更新

岩と水を訪ねて耶馬渓の奥へ

城、橋、渓を探し山奥へ。
そして山国川の上流へたどり着いた。

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(No.37) 一ッ戸城山の景

 国道212号を車で走ると、ひときわ目立つ山を貫くトンネルがある。この上にそびえる妙見嶽に、建久3(1192)年友杉民部が築城したとされる一ッ戸城跡がある。北に一ッ戸川、南に神谷川、真下に山国川という自然の堀を有し、山中に様々な遺構が残る。交通の要所でもあり、文化2(1805)年に掘られた一ッ戸隧道がトンネルの外側に一部残っている。この地を訪れ宿泊した頼山陽は、隧道の明かり窓から見た川に映る月の美しさを『耶馬渓図巻記』に記している。(Pなし)
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(No.38) 天ノ岩戸の景

 耶馬渓の中でも1番驚かされた景かもしれない。静かな集落の奥、そのまた奥の山中に、突如巨大な天然の石橋が現れる。 取り付きは、駐車場向かいの小道から。川に降り渡渉した先に道標がある。木の階段、舗装路を抜けると、荒れた谷に出る。足元に注意しながら登った先に看板がある。右に取ると天ノ岩戸。左へさらに登ると見事な西京橋が現れる。文人たちは「仙人梁」と呼んでいたようだが、京岩の西に位置することから「西京橋」と呼ぶようになったようだ。西京橋の奥には巨大な窟、豊前坊がある。ここから見下ろす橋も迫力がある。景への山道は少々荒れていて注意が必要。京岩から5分ほど先の右手に駐車所がある。(Pあり)
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(No.39) 京岩の景

 道の駅やまくにの手前から県道646号に入り、4キロほど先の雪舟庭(個人所有)から見ると、京岩の景が借景となり、庭に趣を添えている。手前の岩はイヌワシが住んでいたことより鷲岩、奥の岩は京都の巨石よりも大きかったことより京岩と呼ばれる。雪舟庭は、春は唐椿、初夏はツツジ、夏はホタル、秋には樹齢500年の金木犀が香り紅葉が色づいた後、雪が庭を包む。(Pなし)
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(No.40) 宇曽の景

 三郷小学校の北側にそびえる岩峰群。弁慶岩、妙見岩など岩が群がる様から「群仙峯」と呼ぶ。今は木立に隠れて分かりづらい。妙見菩薩を祀る洞窟もある。(Pなし)
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(No.41) 窓岩の景

 平安時代に鎮西八郎為朝がこの地を訪れ岩に向かって放った矢が、岩に穴を空けたという伝説が残る。今は樹木が生い茂り窓は見えない。(Pなし)
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(No.42) 朝陽峰の景

 守実集落の朝陽橋北側にそびえる岩峰。景内には宮地嶽と天満社が祀られ、夫婦岩とも呼ばれる。朝陽橋やレンタサイクルが可能な「やすらぎの郷やまくに」からよく見える。(Pなし)
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(No.43) 猿飛の景

 別名「猿飛千壺峡」と呼ばれる国指定天然記念物。山国川上流の一帯は、岩や川底に大小無数の穴が見られる。大昔、耶馬渓は海底だった。この地域に見られる岩石は溝部式変朽安山岩と呼ばれ、岩石とその窪みに溜まった小石の堅さが同じ性質を持つ。これにより、水流で小石が回転すると岩が削られ、長い年月をかけ深い甌穴が造られた。つり橋を渡った対岸には遊歩道があり、違った角度から眺めることができる。(P・トイレあり)

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(No.44) 念仏橋の景

 猿飛の景の下流にある念仏橋の一帯は、たくさんの甌穴が巨大化し、隣り合う壁が水流で破壊されたことにより、切り立った深い渓谷が形成された。人々が橋の上から覗き込んだ深い谷を恐れ、念仏を唱え渡ったことから念仏橋と呼ばれる。また、念仏橋下流には「魔林峡」と呼ばれる峡谷があり四季折々の顔を楽しめる。(Pあり)

奥耶馬渓エリアMap

 奥Map


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